太平洋沿いにありながらも、山や川にも囲まれる自然豊かな福島県浪江町。伝統工芸品の「大堀相馬焼」やご当地グルメの祭典B-1グランプリで日本一になった「なみえ焼そば」など、様々な名産品も知られています。その浪江町は東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で一時、町の全域が避難区域に指定され、約21,500人が町を離れざるをえなくなりました。2017年にようやく一部で避難指示が解除されてから少しずつ人が戻り、2023年12月末現在で2,146人が暮らしています。
浪江町で300年以上前から続く伝統芸能があります。海沿いの請戸(うけど)地区にある「苕野(くさの)神社」に毎年2月に奉納される「請戸の田植踊(たうえおどり)」です。地区の小学校に通う女の子たちが踊り手となり豊漁と豊作を祈るものでしたが、震災による大津波で社殿が流失し、住民たちは心の拠り所ともいえる場所を失ってしまいました。
そんな厳しい状況にありながらも、避難先で「田植踊」は続けられてきました。伝統を守り続けてきたのは全国各地に散り散りに避難した踊り手たちです。横山和佳奈さん(25)はその一人。今回の記事では、伝統芸能を通して地域の絆を守り続けてきた横山さんを、女性アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」のメンバーで福島県いわき市出身の諸橋沙夏さんが取材しました。
津波被害のあった請戸地区に向かった横山さんと諸橋さん。そこにあったのは再建途中の「苕野神社」です。住民の要望を受け、2024年春についに復活することになりました。真新しい社殿と鳥居は浪江町の復興の歩みを象徴する存在です。震災から13年という月日が流れ、その間、避難先で「田植踊」の伝統を守り続けてきた横山さんにとって、再建はとても感慨深いものでした。
「こんなに立派になるとは思っていなかったので嬉しいです。かつては住宅街で神社が見えないくらいたくさん住宅がありました。海がとても近いので、この辺りは建物がすべて流されてしまいました」
神社の近くにあった横山さんの自宅も津波の被害にあい、大切な祖父母を失いました。
「混乱した状態で逃げ、その後に起きた原発事故で町に戻ることができないまま避難生活を送ったので、すごく慌ただしい13年だったなと思います」
横山さんは震災当時、請戸小学校の6年生。校舎は海から300メートルほどの場所にありましたが、すぐに先生や友達と避難し、無事でした。その後、原発事故で避難指示が出たため、家族と内陸部にある自治体に移りました。そこで生活する中でも、辞めずに続けたのが「田植踊」でした。
「請戸地区に自由に立ち入ることさえできないという状況の中で、踊りだけが何とか復活していました。この踊りを通じて請戸の人たちが元気になってくれればいいな、故郷を思い出してくれればいいなと思っていました」
当時は、いつ町に戻れるかもわからない状況でした。本来の場所である苕野神社では踊ることができないため、浪江町の多くの住民が避難生活を送っていた仮設住宅などに出向き、田植踊を披露していました。横山さんにとって印象的だったのは、踊りを見ている住民の表情です。
「おじいちゃん、おばあちゃんは、懐かしいみたいでノリノリで手拍子をしてくれたりとか、一緒にお囃子を口ずさんでくれたりとか、中には、涙を流している方がいました。その光景が印象的で、福島市などの離れた所だったのに、請戸で踊っている感覚にすごく近かったことを覚えています」
離れた避難先にいても、田植踊を踊っている時は、地元請戸を感じることができました。そして、2017年に請戸地区を含む一部の避難指示が解除され、当時はまだ更地だった「苕野神社」でおよそ6年半ぶりに田植踊を披露しました。
「やっと戻れたなと。津波で本殿が流されてしまいましたが、基礎部分や石畳は残っていたので、石畳をみたときには懐かしさを感じました。本来であれば、家や神社が流されてしまった悲しみが先行すると思います。ですが私の場合、そもそも原発事故で3年間も町に立ち入れなかったので、震災前と同じものが一部残っていることに対する喜びの方が強かったです」
当時小学6年生だった横山さんは今25歳。宮城県の大学を卒業し、双葉町にある東日本大震災・原子力災害伝承館でスタッフとして働いています。事務作業をする傍ら、月に1回は語り部として自らの被災体験を来館者に話しています。請戸小学校の児童全員が大津波から避難できた経験を語り、教訓を伝えているのです。来館者の中には、震災を経験していない世代の子どももおり、自らの仕事の大切さを日々、感じています。
次回は、語り部としても活動する横山さんが避難先でも続けてきた「田植踊」への思いと、浪江町を含む相双地区の未来への願いを伺います。
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