店の中に入ると海の香りに包まれます。タチオウ、ドンコ、イシモチ、イナダ…。「一体、何種類あるのかな?」と思うほど数多くの魚介類が並べられた店内は、平日にも関わらずたくさんの買い物客で賑わっていました。
ここは、いわき市にある鮮魚店「株式会社おのざき」が経営する「海産物専門おのざき鮮場やっちゃば平店」です。「おのざき」は直営店4店舗と飲食店2店舗を運営。福島県の豊かな海の幸「常磐もの」を扱う店舗網としては福島県内最大級です。今年で100周年の老舗は、東日本大震災で福島県の水産業が甚大な被害を受けた中でも、その看板を守り続けてきました。
今回は、「おのざき」の長い歩みを受け継いできた人たちの思いに迫ります。お話を伺ったのは、三代目の小野崎幸雄社長(65)と、跡を継ぐことを決意した四代目の雄一さん(27)。女性アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」のメンバーで、地元・いわき市出身の諸橋沙夏さんがインタビューしました。
「常磐ものは質の高さが一番の自慢。魚自体に脂が乗っていてとても美味しいんです」
幸雄さんは胸を張ります。常磐沖の魚は、親潮と黒潮が混ざり合うプランクトンの豊富な海域で育つこともあり、豊洲をはじめとする市場関係者も「美味しい」と太鼓判を押しています。「おのざき」は常磐ものを扱う小さな魚屋として1923年に開業。三代目として幸雄さんが店を継いだのは今からおよそ40年前です。
幸雄さんは、「とにかく沢山の量の魚をさばいていた」と、かつてを振り返りました。漁獲量も消費量も多く、「店に出せば売れた時代」だったと言います。お客さんとの会話を大事にしながら店を運営すると、次第に常連が増えていき「やりがいをすごく感じるようになった」と話しました。息子の雄一さんはそんな父について、「地元の人は大体友達です。社長目当てで来る人も多く、お客さんの一人ひとりの心をしっかりとつかんでいます」と、尊敬のまなざしで見つめながらそう評しました。
三代目として順風満帆だった中の2011年、東日本大震災が発生しました。「おのざき」は直営の寿司店が津波で流され、鮮魚店は冷蔵庫や水道管の破損など大きな被害を受けました。困難極まる状況でも、幸雄さんは「地元の消費者のみなさんに魚を届けたい」との思いから、震災からわずか3日後に店の営業を再開させました。
しかし、原子力発電所の事故が福島の水産業に追い打ちをかけ、「おのざき」は、市場から県外の魚を仕入れて営業せざるを得なくなりました。地元の魚を扱えないもどかしさと苦しみが募る中、幸雄さんはふと気づきました。
「よその魚を食べるようになって分かった。常磐ものってすごくうまかったんだ」
小さい頃から当たり前のように食べていた地元の魚の魅力を再発見した幸雄さん。福島の海産物の美味しさや安全性を発信するため、地元の水産業者で「ふくしま海援隊」を結成しました。「私たちが得意なのは『売る』こと。だから、先頭に立つべきだと思ったのです」と当時の思いを語ります。消費者に売り込むノウハウを持たない漁師や加工業者たちを応援するためにも、関東地区のイベントに足を運ぶなど、粘り強くアピールし続けました。
現在では店の看板商品となっている「厚揚げソフトかまぼこ」は、この活動の中で売り出した商品のひとつです。ふわふわな食感で滑らかな口当たりが楽しめる「いわきの味」として知られ、全国にファンがいる逸品です。
幸雄さんはこれまでの活動についてこう説明しました。「魚の美味しさと安心・安全について自信を持って消費者に訴えるうちに、応援がどんどん広がっていく実感がありました。苦しいときに手を差し伸べてくれる人もたくさんいましたし、今でもその人たちとは繋がりがあります。店にいない間は従業員たちに負担をかけましたが、みな信じて待ってくれていました」
消費者に福島の魚を届けてきた中で感じた手ごたえと、支えてくれた人への感謝。多くの積み重ねによって水産業の復興が進む一方、厳しい現実にも直面しています。
幸雄さんは「これからの日本の水産小売業はがむしゃらに売るだけでは通用しません」と危機感を訴えます。国内は消費者の魚離れにより魚介類の消費量は年々減少し、気候変動による海水温の変化で不漁となる魚が増えています。福島県の水揚げ量は、震災前に比べると大幅に減っているのです。
急速な変化への不安と悩みを抱える中、幸雄さんが頼りにしているのが四代目である息子・雄一さんの存在です。 「若い人はスピード感を持ってやってくれる」と期待を込めて目を細めました。 大きな震災を乗り越えて「おのざき」の看板を守り続けきた幸雄さんは、次の100年を担う世代にバトンをつなごうとしています。
先代の思いを受け継いだ雄一さんは次の100年に向けて、「おのざき」の看板をどのように守っていこうとしているのか。次回は、決意と原動力に迫ります。
ラジオ放送情報
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