Hand in Handreport.61

風評の払拭にむけて実際に現地に訪れて見たこと聞いたことを、分かりやすく伝えるレポートです。

インタビュー2023.09.22

とにかく楽しむ! 相馬の食&人と消費者を結ぶ漁師・菊地基文さん

沖合底びき網漁船「清昭丸」の船主・菊地基文さんの写真

潮の香りが漂い、穏やかな波の音が静かに響く夏の日の夕方の福島県相馬市松川浦。この場所は、日本百景にも選ばれる風光明媚な観光地として知られるだけでなく、周辺の海域は良質のヒラメやカレイといった“常磐もの”というブランドの魚が獲れる漁場としても知られています。

松川浦漁港では、東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故以降、放射性物質検査で安全を確認しながら魚種や操業日数を制限して漁を行う「試験操業」を続けてきました。現在は震災前と同じ水準で漁を行う「本格操業」を見据えた「拡大操業」をしており、水揚げ量の増加を目指しています。底びき網漁は震災前の水揚げ量と比べておよそ50%まで回復しましたが、漁港の水揚げ量全体で見るとまだそこまで達していない現状があります。

そうした中、福島の漁業を盛り上げようと“常磐もの”の魅力を様々な方法で発信し続けてきた人がいます。相馬双葉漁協の沖合底びき網漁船「清昭丸」の船主・菊地基文さん(47歳)です。どのような思いで漁業に向き合ってきたのかをタレントのユージさんが取材しました。

潮の香りが漂い、穏やかな波の音が静かに響く夏の日の夕方の福島県相馬市松川浦の風景

菊地さんは、沖合底びき網漁の漁師です。沖合に数日間とどまって、ヒラメやカレイだけではなくタコ、イカ、タイ、メヒカリなど150種類以上の魚を獲ります。相馬沖は遠浅で砂地が多いのが特徴です。さらに、親潮と黒潮がぶつかり合う潮目で餌となるプランクトンが豊富に含まれるため「ヒラメやカレイの品質は間違いなく日本一です」と胸を張ります。

そんな地元の海を愛する菊地さんですが、小さい頃は「死んでも漁師にはなりたくない」と周囲に宣言していました。曾祖父から代々続く漁師一家に生まれ、いかに大変かを周囲から聞かされていたからです。

しかし、大学在学中、父親が癌を患い余命宣告を受けました。菊地さんは父を心配させたくないと、口約束のつもりで「船に乗って跡を継ぐから安心して」と話したといいます。するとその話が漁業関係の仕事が多い親族の間に広がってしまい、何十人もの親族が集まった会合で「本当に船を継ぐ気があるのか?」と問い詰められます。あとに引けなくなった菊地さんは、ついに船に乗ることを決意します。

「取り敢えず1回乗って陸に戻ったら、『やっぱり自分には漁師は向いていなかった』と言おう」
初めての漁は4日間にわたる過酷なものでした。菊地さんは船酔いと疲労でクタクタになりながら、頭の中でずっとそう考えていました。

しかし、陸に戻る30分前に、その気持ちはガラリと変わります。「今思うと船酔いで大した仕事もやっていなかった。だけど、水平線からゆっくりと上がってくる朝日を見た瞬間、気持ちいいと思ったんです」

過酷な仕事の先に待っていたのは、漁師にしか見ることのできない景色と、達成感でした。菊地さんは大学卒業後に漁師としての本格的な道のりを歩み始めます。操船技術や漁場の探し方など先輩たちから様々な仕事を教わり、10年以上の下積みを経てもうすぐ船頭になろうとしていた時、東日本大震災が発生しました。松川浦漁港も相馬双葉漁協も甚大な被害を受け、船だけでなく荷捌き施設や漁具倉庫などの共同利用施設も壊滅的な状況になりました。そこに原発事故が追い打ちをかけ、1年3カ月もの間、出漁できなくなったのです。

「東日本大震災で、自分たちが獲った魚の魅力を発信することを人任せにしていたと気づきました。どうせ漁に出られないし、時間がたくさんある。だったら面白おかしく自分たちが前に出てやってみようかなと。それが結果的に将来この浜のためになっていれば、それでいいって思っていました」

菊地さんは相馬市を中心に、水産業だけでなく農業などに携わる生産者を取材。復興の状況や地元産品魚の魅力、生産者の思いを伝える情報誌『そうま食べる通信』の編集長として活動を始めます。

復興の状況や地元産品魚の魅力、生産者の思いを伝える情報誌『そうま食べる通信』創刊準備号の画像

「生産者を知ることで、その食べ物を信頼できるようになる。例えば自分の友達が作ってくれるものだったら、信頼して食べてくれる。そんな信頼こそが長く続くと思った。“この人面白い人だな、この人が獲った魚だから食べてみたい”と思えるような関係を読者と築きたかった」

『そうま食べる通信』には、生産者たちの小さい頃の思い出話をはじめ、人柄や生き様などが詳細に書かれています。さらに、魚の加工品や野菜などが付録として付いてきます。冊子の発行という活動にとどまらず、生産者たちが首都圏へ行って収穫祭を開いたり、読者を相馬の生産現場に招いて生産者たちのこだわりを伝えるイベントを開催したりと、多岐に渡ります。

菊地さんはそんな自身の活動を「復興させるというよりは、とにかくやりたいことを楽しみながらやってきた」と振り返ります。

ユージさんの問いに答える菊池さんの様子

現在、水揚げ量の増加を目指す「拡大操業」を行っている相馬の漁師たち。菊地さんはその先の「本格操業」に向けて、最新設備が整った大きな船を作ろうと考えています。まだまだ水揚げ量が回復していない中では大きなチャレンジです。「不安はないですか?」との問いに、菊地さんは「今の船は親父が作ったから、自分の代でも作りたいなと思う。漁師にはならないって言っていたのにね」と笑顔で答えました。

最後にこだわりを聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「万人を喜ばせるのではなくて、自分は1人を深く感動させることを心がけています。感動した人はきっとお隣さんに伝えてくれる。100人に一気に感動を届けることは難しいけれど、そうやってどんどん口コミの輪が広がればいい」

とにかく楽しみながら海や消費者と向き合う菊地さんの挑戦は、まだまだ続きます。次回は、東日本大震災の大津波で全壊し廃業を余儀なくされた民宿「おびすや」の3代目久田裕一郎さんが漁師の菊地さんと共に手がける”相馬の新名物”について紹介します。

ラジオ放送情報

「Hand in Hand」は、平日朝6時から生放送でお届けするラジオ番組「ONE MORNING」内で毎週金曜の朝8時10分ごろに放送。TOKYO FM/JFN36局ネットにてお聴きいただけます。番組を聴き逃した方は、ラジオ番組を無料で聴くことができるアプリ「radiko」のタイムフリーでお楽しみください。
※タイムフリーは、過去1週間以内に放送された番組を後から聴くことのできる機能です。

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