Hand in Handレポート「放射線って大丈夫?リスクコミュニケーションで不安解消!」

Hand in Handレポート「放射線って大丈夫?リスクコミュニケーションで不安解消!」

全国各地の災害被災地の現状と、復興へ力を尽くす人たちの姿を通じて、防災減災の教訓を伝えていく、さらにその地域の魅力を伝え、復興の応援につなげていく復興応援プログラム「Hand in Hand」。

東日本大震災から9年を迎えようとしている福島県富岡町(とみおかまち)。町全体が東京電力福島第一原子力発電所の20km圏内に入りますが、約3年前に一部の地域を除いて避難指示が解除。少しずつですが、住民の帰還も進んでいます。2020年3月14日には、JR常磐線もいよいよ仙台方面へ復活し、品川と仙台を結ぶ特急電車も走り始めるなど、復興は着実に進んでいます。

この富岡町で活動を続ける一人の女性がいます。長崎大学助教、折田真紀子(おりたまきこ)さんです。専門は「放射線と健康」。放射線に関する不安や疑問を取り除くため、東日本大震災による原子力事故以降、最初は川内村、現在は富岡町で、住民の方たちと交流を続けてきました。

活動のキーワードは「リスクコミュニケーション」。聴きなれない方も多いかもしれないこの「リスクコミュニケーション」とはいったいなんでしょうか。今回は折田さんの活動を通して、福島県の住民の皆さんが抱いている放射線に対する不安解消への地道な取組をご紹介していきます。

福島県富岡町は福島第一原子力発電所の事故の影響で、震災後、全町民避難が続いていましたが、2017年4月に一部地域を残して避難指示が解除され、町への住民たちの本格的な帰還が始まりました。「Hand in Hand」では、昨年も富岡町の富岡漁港を訪れて海の状況をお伝えしています。

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ふるさとに戻る人が少しずつ増える中、この「リスクコミュニケーション」の活動を続けているのが、長崎大学助教の折田真紀子さんです。

長崎大学は、2011年に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故以降、福島県や福島県立医科大学と連携して、福島県の被ばく医療体制づくりに携わってきました。2013年には、富岡町に隣接する川内村と連携協定を締結し、村内に大学拠点を設置し、放射線リスクコミュニケーション活動を行ってきました。このような経験を生かしながら、2016年9月には新たに富岡町と連携協定を締結しました。現在では、富岡町役場の健康づくり課と食品検査所を拠点に活動を行なっています。

折田さんは、保健師や看護師として医療現場で働いたあと、震災の年の2011年に長崎大学の大学院に進みました。2012年3月から川内村で活動を開始し、2016年からは富岡町で活動しています。

パーソナリティー高橋万里恵さん(写真左)折田真紀子さん(写真右)
● 折田真紀子さんのお話
  • 2011年3月の東日本大震災のとき、わたしはちょうど大学院に入学するときでした。ちょうど放射線について勉強を始めるというところで、福島県川内村で実習の一環として活動をしてみないかという話を頂いて、初めて川内村に伺ったのが2012年3月のことでした。
  • 2012年4月から川内村への帰還が始まりましたが、そのとき(2012年3月)はまだ村民が帰還する前で、夜に入ったんですがまだ誰も帰ってきていなかったので、灯りがぽつんぽつんとともるだけ。悲しい気持ちになりました。でも川内村で活動をする中でそのイメージは大きく変わりました。全然変わりました。
  • 2012年5月から地元の保健師さんと一緒に活動をさせて頂いたんですが、徐々に住民の方たちとお話する機会を頂いて、「戻ってきてよかった」とか「川内村ってこういうところなんだよ、わたしたちはこういう生活をしているんだよ」といったことを皆さんから教えてもらうなかで、勉強することが多かったです。わたしは放射線に関する保健活動を実践していくということで川内村を訪れたので、「放射線と健康影響」を住民の方とお話するなかで、放射線に対する不安や懸念を少しでも和らげることができたらいいなと思って活動をしています。
  • 2012年から川内村で活動を始めて、2013年には川内村と長崎大学が連携協定を締結、活動を充実させることができました。そのあと富岡町が復興に向かってどんどん進んでいく中で、長崎大学でも2016年9月に富岡町役場とも連携協定を締結して、2017年4月に役場が富岡町に帰ってきたと同時に富岡町でも活動を始めました。
折田さんが行ったリスクコミュニケーションの会(車座集会)の様子

折田さんは現在、1か月のうち3分の1から2分の1を富岡町で生活しています。富岡町に戻った方々の、放射線に関する様々な不安に答えることが今の折田さんの仕事です。富岡町に帰還した住民の方々が特に不安を感じるのは、「食の安全性」。放射線に関する様々な不安に対して正しい知識を伝えることも、折田さんの大事な仕事です。

● 折田真紀子さんのお話
  • 東日本大震災から6年経った後に富岡町に帰還されたみなさんは、放射線に対して詳しい方もいらっしゃれば、あんまり知らないよ、という方もいらっしゃいますし、不安だとおっしゃる方もいれば、全然気にしていないよ、という方もいらっしゃいます。最近では、やはり戻ってこられた方は、「食の安全性」に対しては皆さん関心があるんじゃないかなと思っています。
    富岡町食品検査所の様子
  • 高橋さん:富岡町には「食品検査所」というものがあるんですよね?
    • 富岡町役場では、町に帰還された住民のみなさんが“家庭菜園をやる”とか、“畑をつくっている”という方が多いので、そういう方々に対して、いつでも測定ができるように、食品検査所を立ち上げています。たとえばこの時期だと、キウイとかゆずを住民の方が持ってこられたとすると、スタッフの方と住民の方が一緒に器械を操作して、放射性物質の種類や濃度を測ることができるよう、体制を整えています。とくに山菜やきのこは測ってから食べるようにして下さいとお願いをしています。
  • 高橋さん:その“食品の検査”の対象というのはセシウムだけなのでしょうか?
    • いま我々が注目しておくべき放射性物質の核種は、半減期の関係で放射性セシウムに、より注目した形で測定がされています。食品の基準値には、その他の核種もきちんと考慮したうえで、「1キログラムあたり100ベクレル」という基準値が策定されていますので、決して放射線セシウムだけに特化しているというわけではなくて、基準値が決められているという状況です。
    • 放射線に関して、もちろんスーパーマーケットで販売されているものから放射性物質がでてくるわけではありません。地元の方々が自分でつくって自分で食べる食材からもほとんど放射性物質は検出されていないよという話もしますし、きのことか山菜などの野生のものからは放射性物質が検出される可能性があるので注意してくださいね、とお話していて、住民の方たちも理解してくれていると思います。
    • その他の話だと「帰ってきてよかったよ」という話があったり。まだ隣近所が帰ってきていないところもあって、そういう方々はやっぱり「さみしいなあ」とか「元通りになるわけじゃないから、そういうところに寂しさを感じる」という住民の方もいらっしゃるなと感じています。

食の安全性については、日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしています。検査の結果、基準を超えた場合は売り場に出さないようになっています。

その結果、福島県産の農畜産物の放射性物質検査では、ほとんどの品目で基準値をクリアしています。

そして今回のキーワード「リスクコミュニケーション」。もともとはアメリカやヨーロッパで生まれたメソッドです。一般的には、あるリスクについて関係者間で情報交換をしたり対話をすることによって意思の疎通をはかり、相互間の理解や信頼を構築することを意味しています。福島県では原発事故以降、様々な形で様々な場所で様々な立場の人々が参加する「放射線リスクコミュニケーション」が行われてきました。そんな「放射線リスクコミュニケーション」の一環として、折田さんは富岡町で開かれている「子育てカフェ」で、講師を務めています。

● 折田真紀子さんのお話
  • 我々がふだん富岡町で行っている活動が「リスクコミュニケーション」の一環だと思っています。もともと放射線だけでなくいろんなリスクがあるなかでわたしたちは生活しています。そのリスクにどう対処し、折り合いをつけていくのかを、住民、行政、企業、関係者、専門家が集まって、話し合いをしましょう、話し合いのうえで自己決定していきましょう、ということを、リスクコミュニケーションと呼んでいます。
  • 長崎大学が実施したいと思っているのも「放射線に関するリスクコミュニケーション」。放射線の知識を持って行ってどーんと指導します!教えます!というのではなく、ふだんから一緒にいるなかで、放射線のことを話したり日常のことを話したり、そういう中で放射線とうまく付き合う方法、放射線に対する不安がすこしでも軽くなってくれたらいいなというのが、わたしたちが目指すコミュニケーション活動じゃないかと思っています。
  • これ(子育てカフェ)はもともと環境省の事業だと聞いていますが、講師として依頼されることがあります。実施していることは、子育て中のお母さん方に、お子さんと一緒に参加してもらって、子どもたちは自由な時間を過ごし、お母さんたちと放射線についてお話をする、というもの。放射線の基礎知識から体への健康影響など、お母さんたちからの質問に答えられるように実施しています。
  • 高橋さん:子育て世代のみなさんの関心事とは?
    • とくに原発事故のあとにこの地域に嫁いできたとか、夫の転勤の都合で福島に来たという方は、「大丈夫なの?」といった率直な質問をされることもあります。「本当に大丈夫なのか」と感じても、それを誰かに聞く機会があるようで無いようで、そういったお母さんたちのためにも大切な場になっていると思います。
    • 原発事故があったときは放射線に対する知識があまり浸透していなかったので、大きな混乱があったと思うんですけど、それからだいぶ時間が経つ中で、福島はどんどん復興と新しい街づくりに向かって進んできていると実感しています。ぜひそういった、いまの川内村とか富岡町を知ってもらう機会があったらいいなと思っています。

    放射線リスクコミュニケーションについては、行政でも様々な取組が行われています。
    富岡町役場では、「とみおか放射線情報まとめサイト」を公開し、食品検査所で検査した結果や、町の空間線量調査結果、長崎大学の放射線に関するリスクコミュニケーションの概要などを掲載しています。また、このサイトでは、放射線の情報をまとめた広報紙「ライフとみおか」も掲載しており、町内各施設における放射線に対する取組や、折田さんを始め長崎大学が行っているリスクコミュニケーション事業が紹介されています。
    とみおか放射線情報まとめサイト

    福島県では、復興情報ポータルサイト「ふくしま復興ステーション」での「リスクコミュニケーション」の項目において、県内の放射線状況や除染実施状況について説明しています。
    福島県「ふくしま復興ステーション リスクコミュニケーション」

    環境省では、原発事故後に避難指示が出された12市町村を中心に福島県全域において、自治体職員の方々や、住民からの放射線不安等の様々な生活上の問題に対応する相談員等に対して、相談対応へのアドバイスや専門家の現地派遣、研修会の開催等の支援を無料で行っています。
    環境省 放射線リスクコミュニケーション相談員支援センター

    復興庁でも、HP「タブレット先生の福島の今」で、今ご覧いただいているレポートの他にも、放射線についてわかりやすく学べるゲームやマンガなどを公開しています。
    復興庁 「タブレット先生の福島の今」

<富岡町の「今」>
子育て中のお父さん、お母さんにとって、折田さんは心強い存在です。子育て世代に女性にとって同世代の折田さんは安心して相談できる相手でもあります。そんな折田さんに「富岡町の好きなところはどこですか?」という質問をしたところ、「やっぱり桜・・・(笑)」という答えが返ってきました。

富岡町には町のシンボルでもある全長2.2キロの桜並木「夜の森の桜」という観光名所があります。夜の森の桜は震災以前の桜の開花時期には1シーズンで10万人を超える観光客を集めたといい、2017年の避難指示解除後も多くの観光客を集めています。
今年の3月10日には、今まで避難指示が解除されていなかったJR常磐線夜ノ森駅周辺の避難指示が解除される事で、より長い区間の桜を楽しむ事が出来る予定。春には桜のライトアップやお祭りなどイベントも行われる予定です。

富岡町が位置する双葉郡では、3月4日に双葉町の一部区域が避難指示解除、3月5日に大熊町の一部区域が避難指示解除されるほか、3月14日にJR常磐線全線の運転が再開(不通区間:富岡~浪江間(20.8km))されたり、3月26日にはJヴィレッジから東京五輪聖火リレーが出発するなどイベントが盛りだくさんです。住むことが出来る地域の拡大、交通の利便性が高まることによってこれからさらに住民の帰還が進む中、住民の様々な不安に答えるために折田さんは富岡町を中心に放射線リスクコミュニケーションの活動を続けていきます。

出典:原子力災害対策本部会議資料(2020年1月17日)