Hand in Handレポート「福島のこれからを一緒に考える。ふくしま“みち”さがし。」

Hand in Handレポート「福島のこれからを一緒に考える。ふくしま“みち”さがし。」

全国各地の災害被災地の現状と、復興へ力を尽くす人たちの姿を通じて、防災減災の教訓を伝えていく、さらにその地域の魅力を伝え、復興の応援につなげていく復興応援プログラム「Hand in Hand」。

今回は、「福島のこれからを一緒に考える。ふくしま“みち”さがし。」をテーマに、2019年12月に開催された、「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」という一風変わったツアーの模様と、南相馬市小高区の復興の「いま」をお伝えします。

「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」というのは、地域の外の方が、避難指示が解除された地域を訪れ、町の再生にかかわるキーパーソンと交流し、これから進んでいく”みち”を一緒に考えるツアーです。

今回の舞台は、福島県南相馬市小高区。伝統行事の相馬野馬追で知られる、歴史もある地区です。

出典:南相馬市役所HPより
出典:小高の歩みたんがく会「小高市街エリア」より環境再生プラザ作成

小高区に対する福島第一原発の事故による避難指示は、2016年7月に一部を除いて解除され、様々な課題と向き合いながら、町の再生へ進んでいます。

南相馬市小高区について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
相馬野馬追執行委員会 公式ページ
福島県南相馬市小高観光協会

そんな小高区を舞台に、今回の「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」は実施されました。主催したのは、環境省と福島県が運営する「環境再生プラザ」です。「Hand in Hand」パーソナリティの高橋万里恵さんも参加しました。

まず、この企画の趣旨について、今回の「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」の担任の先生役を務めた越智小枝先生に伺いました。越智先生は東日本大震災をきっかけに、福島県の病院へ移り、住民の放射能への不安を解消する活動を続けてきた医師です。現在は千葉県の病院に勤めつつ、福島に通う形で復興にかかわっています。

● 越智小枝先生のお話
  • 名前は「情熱がっこう」となっていますが、原型は震災の後に始まった「ポジティブカフェ」から「みちさがしツアー」に発展して、今は進化系の「情熱がっこう」になっています。
  • 最初のきっかけとしては、震災の後に福島では放射線とか津波とかネガティブなことばかりが発信されている中で、その中でポジティブに生きている人がいる、ポジティブなメッセージを発信しようということで、「ポジティブカフェ」という企画が始まりました。そういう辛い中で、地域でポジティブに生きている人たちを集めてグループワークをやるというのが最初だったんですね。
  • そうこうしているうちに、実はこういうことって「中」で話していてもしょうがない、「外の人」を招いてそういう人たちが福島を紹介できるようにしていく試みが必要なんじゃないか、ということで、「ポジティブカフェ」が今度は「車座カフェ」という名前になりました。その全体会として、地域に行ってそういう人たちに会って地域の課題を目にしてメッセージを伝えられる人を増やそうという、「“みち”さがしツアー」に発展しました。
  • “みち”というのは道路の道。未知なるものを探すという意味の“みち”もあります。そういうのを経て、その当時にはまだ地元の人たちが伝えたいと思っていることを外からの人たちに発信してもらうというツアーだったのが、今度はもうこの時期になってくると中の人たちも何をどうやって伝えていいかわからない。じゃあ、「伝えるべきこと、伝える方法というのは、むしろ外の人たちに考えて探してもらおう」と発展してきたのが、今回の「情熱がっこう」。「外の人」から情熱を持ってきてもらって、「中の人」の情熱を外に伝えてもらうという試みが、今回の「情熱がっこう」になります。

これが小高区で行われた「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」の狙いです。実際参加されていた方は、およそ30人。福島で食の安全に取り組む方や、お子さんが福島の学校に通っている縁で関心を持った方、海外からの留学生、旅行ライターさんなど様々な方が参加していました。

そんなツアー一行が最初に訪れたのが、JR常磐線・小高駅からすぐにある「双葉屋旅館」。

双葉屋旅館
(左から)廣畑裕子さん 小林友子さん 久米静香さん

ここの女将さん・小林友子さんはご主人とともに、震災後は愛知県に避難。見知らぬ土地を転々とする中で、やはり小高に戻ろうと決意。立ち入り禁止解除とともに小高に通い始め、誰よりも早く町の再生を目指し、「できること」をはじめた方です。

● 「双葉屋旅館」女将・小林友子さんのお話
  • (双葉屋旅館を再開したのは) 正式な解除の日です。2016年7月12日です。ここは津波で床上まで来たので、改修しなきゃいけなかったので改修が2013年の8月から始まって、2015年の7月いっぱいかかりました。その2年の間に原町の高見町の仮設住宅に入りました。そこから毎日のように通うんですけど、誰もいないんです。あまりにもいないし、なんかこの中(旅館)にも入れないんですね、自分の家なんだけれどもホコリも臭いし雨漏りもしていたし、ネズミの被害もあったりして、ロビーのところを一応きれいにして誰かが来たらお茶を飲めるようにしたんですけれども、誰も来ません。
  • だから私は、色もないし何もないなと思って2013年だと思うんですが、その辺はちょっと記憶がないんですが(笑)、駅前に花を植えました。そんなところで植えているときにいろんな方達と会って、それが久米さんであったり廣畑さんだったり。そういうつながりができたんですよね。だから、花は決して人のために植えたわけじゃないんです。あれは自分のリハビリだと思って植えました。人もいないので信号までのところにプランターを置いて花を植えました。2013年の写真を見たらバーベキューをやっていました。すごく寂しいんだけれども、何か楽しいことをしたいという思いはあったと思います。やっぱりそこに基本があるのかなという状況だったと思います。

ツアーは続きます。次にお会いしたのは、小高に移住してきた若者です。一般社団法人オムスビの森山貴士(たかし)さん。東京のIT企業に務めていましたが、震災後、小高に可能性を感じて移住。様々なソーシャルビジネスを展開しています。

森山貴士さん
Odaka Micro Stand Bar
● オムスビ森山貴士さんのお話
  • この小高の地域って震災復興でいろんな人が活動をしているんですけれども、まだちゃんとした成果にはなっていないんですね。それは問題解決しないといけないテーマの難しさに対して、それをやるための人であったりとかリソース、経営資源とか技術とかそういったものが今足りていないと僕は捉えているんです。
  • 5年、10年、20年というスパンで考えて、ちゃんとそれに立ち向かってクリアしていける人材を今から育てていこうと。それをやるために僕らはこうやって場所を作って、何かをやりたいという人がここに集まってくるようにしています。そういった人たちと一緒に、何か活動をしながらどうやったらうまくいくんだろうという知見をため込みながら、それを若者に伝えていく、そういった活動の繰り返しをやろうとしていますね。

森山さんのオムスビは、「課題に立ち向かえる人材を輩出し、まちの課題を解決していく」をミッションに、地域の20~30代の若者が運営する店舗「Odaka Micro Stand Bar」でのイベント企画や地元の高校でプログラミングの授業を行っています。プログラミングのスキルを教える事で人材を育て、地域で何かしたい若者をサポートしています。「Odaka Micro Stand Bar」では、学生たちのアイディアでタピオカを売っていました。


次にお話を伺ったのは小高で次々にビジネスを立ち上げている方です。小高に住みながら東京で複数の会社を経営していたという和田智行さん。和田さんはそれまで経営していた会社を離れ、小高で「ビジネスを生む」ために避難生活を送りながら事業を立ち上げてきた方です。和田さんが経営する小高パイオニアヴィレッジというコワーキングスペースでお話を伺いました。

越智小枝先生と和田智行さん
● 和田智行さんのお話
  • 僕らがミッションにしているのが「地域の100の課題から100のビジネスを作る」。当時課題がたくさんあって、しかも原子力災害によってもたらされた課題なので、誰も扱ったことがない課題、つまり解決した前例もない。そういう課題がいっぱいある中で、多くの人がこれどうしたらいいんだろうと立ち尽くしてしまった状態だったわけなんですけど、課題ってビジネスの種だよねと。扱ったことのない課題がたくさんあるなら、それを解決していくことで新しいビジネスが生まれるし、それによってこの地域も暮らしていけるようになると。だから課題が100あるならばそれを解決するビジネスを100作ろうと思ってのスタートでした。
  • それで最初に何をしたかというと、まずビジネスを作ろうといっても、そもそも事務所ひとつ借りるのも大変困難でした、当時は。やっぱりみんな帰還するかしないか決めていないし、帰還しないとしても、仏壇があるとか先祖伝来の土地だとか思い入れがあるという理由で貸してもらえないというのが普通でした。これじゃあ自分みたいに何かここでやろうと思っても何も始まらないなと思ったので、どんな形にでも自由に使っていただける作業スペース、ワークスペースを作るというところから始めました。双葉屋旅館の隣の建物をお借りして、会員になってもらえれば自由に使ってもらえる作業スペースを提供するという仕事をまず始めました。
  • そこを起点にして、ご飯を食べる場所もなかったので、「おだかのひるごはん」と言う食堂を作ったり、あるいは南相馬市からの委託を受けて、スーパーやコンビニがなかったのでプレハブの仮設商店を作ったりしました。また、当時若い人が戻ってこないというふうにみんな思い込んじゃっていたんですけど、面白い仕事があれば帰ってこなくたって働きには来るだろうと思って、ガラスアクセサリーの職人を育成してガラスアクセサリーを作って販売するという仕事を始めて、この地域に職人の育成をやり始めたり、そんなことをやってきました。

町の再生にかかわるキーパーソンと交流して、一緒に地域の課題を洗い出し、復興を考えるツアー「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」。南相馬市小高区で実施されたツアーも、いよいよまとめです。まとめは、参加者30人が3つのグループに分かれてのワークショップでした。それぞれが出会った小高区のキーパーソンから受け取った「言葉」をベースに議論して、グループごとに、小高区のキーパーソンたちの“キャッチコピー”を考えるというもの。小高で活躍する人たちのパワーを受けて白熱した議論になりました。発表の一部をご紹介します。

● 参加者の発表
  • 「おむすび」というお店はおいしいコーヒーとタピオカがあります。森山さんは小高の空気感が好きで、やりたいことが実現できる町と考えた。森山さんがやりたい事は仮説、実行、検証と言うことで、未来の人材を育成ということなので、私たちが森山さんにつけたキャッチフレーズは、「地元を考える宇宙人(よそもの)」です。

最後に改めて「ふくしま“みち”さがし 情熱がっこう」のねらいを越智先生に伺いました。

● 越智小枝先生のお話
  • 福島のことを知りたいと言う人の中には、「結局今福島ってどうなの」と、「結局」と質問してくる人が多い。「結局」と言う言葉では語れるものじゃないよということを知ってもらうために、こちらは何も回答を与えないから自分で探しなさいという、ちょっと意地悪な企画とも言えるかもしれないし、その分奥の深まる企画なのかなと思います。

今後のツアーの開催予定などはこちらのHPをチェックしてください。
福島県ホープツーリズム HP
環境再生プラザ「くるまざカフェ」 HP