Hand in Handレポート「若い力とともに未来へ歩む、広野町を訪ねて」

全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。
「あれから10年、復興が進む福島を行く」と題して、2021年3月に東日本大震災から10年目を迎える福島県の「今」をお伝えしています。

今回は「若い力とともに未来へ歩む、広野町を訪ねて」。
東京電力の福島第一原子力発電所の事故により、町全体での避難を行った自治体のひとつである広野町(ひろのまち)。
そこで、ただ元に戻すのではなく、より進化した町づくりのために、広野町がこれまで取り組んできたことについて遠藤町長にお伺いしたほか、「双葉郡教育復興ビジョン」の柱として広野町に誕生した中高一貫の県立校「ふたば未来学園」も訪ねました。

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福島県東部 浜通り地方の中部に位置する広野町。双葉郡のいちばん南にあって、気候は県内では比較的温暖。キャッチフレーズは「東北に春を告げるまち」。そして楢葉町とまたがる形で、サッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」のある町。

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JR広野駅

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Jヴィレッジ スタジアム

広野町は人口5,000人規模の小さな自治体ですが、そんな広野町で、2013年から町長を務めるのが遠藤智(えんどう さとし)さん。就任後は、住民帰還の環境整備に取り組まれてきた他、町独自の「国際フォーラム」を開き、海外からも研究者を招くなど、復興と新たな町づくりを推進してきています。その取り組みと「発信力」が評価され、2019年10月、国際機関である経済協力開発機構(OECD)の首長連携組織の一員、「チャンピオン・メイヤーズ」に選ばれました。この連携組織は、格差是正や経済成長に取り組む意欲的な世界の首長、約60人で構成され、不公平の解消や包括的な経済成長に向けた議論を行っています。

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Hand in Handパーソナリティー高橋万里恵さんと遠藤智広野町長

そんな遠藤町長に、広野町の震災後の歩みについて、お話を伺いました。

  • 2021年3月25日にはここから東京オリンピックの聖火リレーがスタートする予定ということで、想いなど伺えますか。

    そうですね。震災直後、Jヴィレッジは東京電力福島第一原子力発電所の廃炉に向けた拠点として、大きな役割を果たしてきました。このJヴィレッジから、東京オリンピック・パラリンピック復興五輪のグランドスタートを迎えることとなります。私たちは心から期待と喜びを抱いているところであります。

  • 「東北に春を告げるまち」という広野町は、どんな町だったんですか。

    太平洋に面して温暖で、とても水平線のきれいな町を表したキャッチコピーが「東北に春を告げるまち」。温州みかんの北限で、12月になると子供たちがみかんをもぐ。そして復興へのチャレンジとして、バナナの栽培にトライ。温室で温度管理をしながら、「グロスミッチェル」というバナナをいま栽培しています。名前は350を超える一般公募の中から選ばれた『朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ』で、「綺麗」という愛称。糖度が25度をキープして、とても甘いんです。口当たりもとてもまろやかでおいしく召し上がっていただけると思います。

  • 以前の広野町の魅力を取り戻すだけじゃなくて、様々な新しいことに取り組んでいる町という感じがしますが、たとえばどんなことがありますか。

    子供たちの教育環境を整備するということ。ふたば未来学園中高一貫校の設置が決定されてから、その受け入れ体制を整えるべく、町内の幼稚園と保育所を「認定こども園」として一体の施設に統合させました。広野駅から山を登って行って、ちょうど里山の境のところにふたば未来学園のキャンパスを設置していただいて、町立の広野小学校と町立の中学校とともに「教育の丘」を形成してですね。そこで、子供たちが0歳から18歳まで、まもなく1,000人の児童・生徒が生活をする運びとなります。

  • これから町を担っていく子供たちへの教育というのも、すごく拡充されているんだなということがよくわかります。町長はその功績からOECDの「チャンピオン・メイヤーズ」にも選ばれたそうですが、選ばれた経緯について教えていただけますか。

    OECDの関係機関の方々がこの福島の被災地に視察に来られた際、私は「双葉地方8町村の広域的な、かつ浜通り全体におけるこの状況を、世界の方々に受け止めていただきたい」という想いから対応しました。そして、私たちが取り組んできた「国際フォーラム」で、8カ国から25名の研究者の方を迎え入れて、東日本大震災から原発事故に遭遇して、どのように私たちは故郷に戻り、人々の矜持や誇り、伝統を守りながら取り組んでいくことができるかについて協議をしました。5年間取り組んできたものですが、その話をさせていただきました。その時に、「チャンピオン・メイヤーズ」というご案内をいただきました。福島の現況を正確にしっかりと届けていくことが私の責務であろうと考えております。

  • 国内外に伝えたい町の魅力などについては、いかがですか。

    復旧から再生、そして創生へ。浜通りのフロントランナーとしての役割、責務を果たす。その思いを持って、いま住民の方々が9割帰還されて、新しい共生の町づくり、そして持続可能な町づくりに邁進しているところです。そういったふるさとを取り戻す、明るく元気な思いというものをとても私は誇りに思っています。

最近ではバナナの栽培にも力を入れているという広野町。長いバナナの名前『朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ』。愛称は『綺麗』。二ツ沼(ふたつぬま)総合公園内の「トロピカルフルーツミュージアム」で栽培され、園内などで販売されているということです。

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朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ「綺麗」

そして、町長のお話にも出てきた“教育の丘”の中心となるのが「ふたば未来学園」。震災後、「双葉郡教育復興ビジョン」の柱として誕生した県立の中高一貫校で、2015年に高校が、2019年に中学校が開校しています。高校は、1年次に地域の課題を探求して英語で発表、2年次には海外研修、3年次には個人研究及び国内外での成果の発表を行うなど、独自の教育方針を取り入れている学校です。

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福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校

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ふたば未来学園 南郷市兵副校長

開校から間もなく6年を迎える「ふたば未来学園」を訪ね、南郷市兵(なんごう いっぺい)副校長に、お話を伺いました。

  • 南郷さんは、開校と同時に副校長として着任されたわけですが、どんな思いで学校運営に携わってらっしゃいますか。

    東日本大震災、原発事故で地域の高校も避難を強いられて、学校が一時地域からなくなってしまうという中で、我々大人もその直後に「どうしたら、この状況から復興して持続可能な地域を取り戻して行けるか」分からなかったと思います。『変革者たれ』というのが校訓ですが、ふたば未来学園はそういうことができる変革者、それを育成するために開校した学校です。

  • 「変革者の育成」というのは素晴らしいテーマだと感じます。具体的には、どんな取り組みをされていますか。

    やっぱり変革者となるには「地域社会を支えていく」という、非常に強い力を持っていなければいけないと思うんですけれども、課題の解決力とか発信力とか、そういったいろんな力だけじゃなくて、やっぱり人間としての信念、志というか、「『自分はその地域社会にどう貢献するか』という根を、しっかり張らせなければいけない」と思ってやってきました。
    そのために我が校では、全ての生徒が在学中に必ず地域再生のプロジェクトを実践するということにしています。未来創造学、未来創造探求と呼んでいますが、これを核としながら各教科が取り巻くという形にしています。地域の地場産品を使った特産物を開発する生徒もいますし、あるいは全国や世界にこの地域を発信するためのツアーを企画して、同世代をたくさん招いてツアーを重ねる生徒もいます。プロジェクトは何をやってもいいんですが、さらに一つ、生徒たちに課しているテーマとして、福島のことだけをやるのではなくて、福島の課題から持続可能な世界を実現するための課題。SDGsとかありますが、そこを重ね合わせて考えるということで、ゼミの代表がニューヨークの国連本部でプレゼンテーションをして、国連職員などと「世界の持続可能性をどう確保するか」という意見交換をしたり、そういった取り組みもカリキュラムの中に入れています。

  • 生徒の主体性や創造性を引き出して、ものすごく幅広くて、魅力的な取り組みをされていますが、「ここで学びたい!」という生徒さんも多いのではないでしょうか。

    入って来る子たちは、何かしらやりたくて来ることが多いです。双葉郡やこの近隣の通える地域だけではなくて、遠く会津、あるいは県外から入学する子たちも一定数います。その子たちは、こういった地域課題解決の取り組みをしたいとか、やりたいことがあって来る子たちが多いようになってきました。

「ふたば未来学園」の南郷市兵副校長のお話でした。
「震災で生じている、双葉郡や浜通り各地の困難な状況は、逆に言えば学びが溢れている場でもある」と南郷副校長は言います。
「未来創造探求」の対象エリアは広野町に限らず双葉郡や浜通り全体。1年生の時に各地を見学して、生徒一人一人が課題を見つけ、その解決のために何が出来るかを考え、実践しています。

カリキュラムの真ん中にあるという、この「未来創造探求」。地域再生のプロジェクトを、生徒自らが考え実践するというものですが、学内には一般の方も入れるオープンスペースや生徒が運営に関わるカフェもあって、そこには、いま生徒たちが取り組んでいる様々なプロジェクトが一覧で掲示されています。

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ふたば未来学園校内

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生徒たちが取り組んでいる『未来創造探究』の掲示板

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南郷副校長と稲田凛さん

その一例として、南郷副校長の近くにいた2年生の稲田凛(いなだ りん)さんに、取り組みの内容を聞いてみました。

  • 稲田さんが取り組んでいる「思いを絵で伝える」とは、どんなプロジェクトですか。

    東日本大震災を経験していなかったり、当時は幼くて記憶のない子供たちに震災を伝えて、その子たち100人くらいと一緒に、これからの予想されない自然災害とかに対応してもらいたいという願いで、大切なものの絵を描いてもらいます。描いた後に、自分の震災での経験談であったり、こういう風にしたいと思ったとか、その時の感情などをみんなの前で発表して。その後に、「みんなが今日描いた大切なものを守るためには、どういうことが今後できるかな」と問いかけをして、自分たちにできることを考える『未来創造探究』という取り組みの一環で3時間もらって授業を行いました。

  • それをやろうと思ったきっかけは何ですか。

    自分は絵を描くことが小さい頃から好きだったんですが、震災後にアーティストの方が自分の小学校に来てくれて、「これから自分はどういう町に住みたいか」という絵を描く『アート・プロジェクト』をしたんです。その楽しかった思い出がずっと今もあって、そのことも今の探求に繋がっているんです。だから、今の子供たちにも自分と一緒に絵を描いたことが将来少しでも思い出として残って、震災について学ぶきっかけになったり、「もっと調べてみようかな」という気持ちになってほしいなと思ったんです。

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    稲田凛さんのプロジェクト「思いを絵で伝える」

  • 成果は具体的に何かありましたか。

    自分の母校の小学校に行った時に、震災でお父さんを亡くしてしまった少年がいたんですが、その子は震災については聞きたくないという子だったんです。でも、『自分の大切なもの』という絵を描いて、「本当は、自分は海が怖いけど、好きだから今日大切なものに描いたんだ」と言ってくれて、感想文も「次は、ぼくが誰かを守れるようになりたいんだ」と書いてくれました。心の変化がすごい見られたので、やってよかったなと思いました。

3年生の畠山歩(はたけやま あゆみ)さんにもお話を聞きました。

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畠山歩さん

  • 「ふたば未来学園に入りたい」っていう、畠山さんの志望動機というのはどんなものだったんですか。

    私は富岡町(とみおかまち)出身だったので、帰れなくなってしまった地元に新しい学校ができると聞いて「もし、行けるなら行きたいな」と、まず創立された時に思っていました。震災当時、私は小学校の2年生だったんですけど、一度茨城県の方に避難して、その1年後に福島県のいわき市にまた戻ってきたんですが。遠くに避難された方なんかは結構いじめを受けたり、ということはよく耳にしました。私は環境に恵まれてそういうことはなかったんですが、そういういじめや風評被害の話を聞くようになってからは、「やっぱり、つらい過去を思い出したくないという気持ちもある反面、そういうことをなくすために色々考えていかなきゃいけないんだな」ということを子供ながらに思い始めていました。そして高校の進学を考える時期になった時に詳しく調べたら、海外研修だったり、地域の問題を解決するような授業があると聞いて、自分の故郷でもあるし、ぜひやりたいなと考えてこの学校にきました。

  • 実際に入学してみて、どうでしたか。

    やっぱり入学したての頃は、授業の中で地域の人と会ったり、他学年の人とかともしゃべるとなった時は、やっぱり慣れてない分、一日中体力をすごく使うような日もあったんですけど、だんだん慣れてくるとそういう活動ができるのがどんどん楽しくなって、全く苦ではなくなっていきました。すごく視野は広がったなと思います。

  • 海外研修でベラルーシに行かれたと伺いました。現地で感じたことや、研修で得たことなどありますか。

    ベラルーシ研修は、高校1年生の夏に行ったんですけど。福島の事故について「ベラルーシだとどのくらい知られているのか」とか、知っていても「事故が起きた」ということしか知らなかったり、「まだ復興が全然進まず、震災の爪痕が残ったままだ」という風に思われていることが多かったです。今はもう復興して、いろんな新しい建物ができたり、どんどん町が片付いていっている、ということはあまり知られていなかったので、「今ではこういう風に復興しているんだよ」ということを伝えました。
    私は、そのベラルーシ研修が初めての海外で、行く前はとても緊張していたんです。でも、行ってみると同年代の子たちが多かったというのもあると思いますが、すごくみんなフレンドリーで。初めての海外だったけれど、「もっと海外に行って、いろんな人たちとコミュニケーションをとりたいな」と思えるようになったきっかけになりました。
    大学にいっても、高校で続けてきたその探究活動というのは継続したいと考えています。大学で学んだことをもとに、今の活動の幅とか取り組む内容というのをレベルアップさせていって、他の地域でも自分が考えていることだったり、やりたいことをどんどん実践していきたいなとも思っています。

再び、ふたば未来学園中学校、高等学校副校長・南郷市兵さんのお話です。

  • 稲田さんの話にもあったように、震災からもうすぐ10年が経ち、震災の記憶がない世代も増えてきますが、どのように震災の記憶を伝えていくのでしょうか。

    今の高校1年生はすでに震災の時幼稚園の年長だった世代になります。いよいよ震災の記憶がない世代が多くなってきます。私が思うのは、やっぱりここからが勝負だなと思います。その時の記憶がなかった世代が入ってきて、「じゃあ、もう震災のことを語らなくていいのか」と言うとそうではなくて。依然として福島の課題は困難な課題で、彼らが生きていくこれからの時代、ずっとのしかかってくる大きな、大きな課題です。だからそこに、抗っていく力をつけていかなきゃいけないんですよね。となると、震災の記憶がない世代だからこそ、いよいよ教育の出番というか、しっかりとそれを伝承していくのみならず、彼らの若い発想で「自分たちは、どういう社会を作りたいのか」、あるいは「こんなソリューションがあるんじゃないか」という、創造的で伸びやかな自由な、そういう発想を伸ばして社会を揺り動かして欲しいなと。そんな思いでおります。

今なお原発事故の影響が残る双葉郡のこれからを担う人材が、この学び舎で育っていく、そんな期待を抱かせてくれるお話でした。

住民の約9割が戻り、自治体や地域に暮らし始めた人たち、そして学生たちが力を合わせて新しい町づくりを進める広野町。聖火がそのともしびを繋げていくように、復興の記憶や新しい光が、次の世代に引き継がれています。そんな未来明るい広野町、皆さんもぜひ訪ねてみてください。

広野町には、他にも魅力的な観光地がありますので、是非チェックしてみてください。